2014年10月アーカイブ

10/29 水俣大検診報告会[ディナーミーティング] 2014.10.31

本日は10/18,19で行われた水俣大検診に参加した学生2名による報告会を開催。これまで水俣病の補償対象ではなかった山間部地域の方々の問診票作成を通じて学んだことを発表してもらいました。

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水俣病については、これまでの学習を通じてかなりの予備知識を蓄えられており、検診の意味を理解しながら作成に臨めたようです。問診に来られた方々の思いや要求はそれぞれ違いましたが、「自分の症状が水俣病であるとはっきりさせたい」という方が多かったとのことでした。

 

いつ当時の水俣の魚を食べていたか、どんな水俣病症状があるか、既往歴は、・・・など1人の問診を作る時間は最長3時間程度にまでなり、いかに時間と人の手が必要な取り組みかがわかりました。裁判資料に使用する書類故に詳細で、患者の立場に立った質問項目であり記載方法だった、という感想が聞かれました。対象者の身体に現れる、わかりづらい神経症状の特徴も見ることができたそうです。

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乾口先生(水島協同病院医師)にも、京都で行われたつどいのダイジェスト発表をしていただきました!参加したことのない学生が多い中その流麗なしゃべり口で、つどいの魅力が伝わったと思います。

 

 

 

 

10/25 ()26 () 京都で医学生のつどいが開催され、岡山からは旭川医科大学の奨学生、岡山大学1名、乾口医師(水島協同病院)、医学生担当者2人が参加しました。今回のテーマは医療の倫理。患者の生命を左右する決断に迫られた時、医療者としてどう対応しますか?函館稜北病院医師堀口信先生を講師に、実際の医療現場で起こり得るケースをもとに討論を行いました。

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救急搬送されて来た、以前同じ疾患で入院歴のある女性はすぐに気管挿管が必要な状態ですが、同行した家族は「この前の入院で挿管は嫌だと言っていた。その意思を尊重したい」という夫と「これから先、孫たちの行事がある。それを見せてあげたい」という娘の間で意見が分かれています。この状態に陥るまでは数週間の外来通院も行っていて、しばらく時間はあったはず。ここで医療者にできることは何だったでしょうか?

 

グループディスカッションでは「家族が話し合いの場を十分に持たずいざという時の気持ちがバラバラになっている。家族に日頃の通院の中で考えてもらうように促す必要がある」といった意見が出ました。自分が医者なら挿管をするか?という問いかけには意見が分かれ、しなかった場合に患者家族から訴訟を起こされるリスクや、一刻を争う中でも家族に対して今一度話してもらう時間を作るため、時間稼ぎの手技方法の解説などさまざまな考えが交わされました。

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今回の学びを通じて、臨床現場での家族や他医療スタッフとの話し合い、物事を一人ではなく相談して決めていくことの大切さが理解できました。学生にとってもイメージが沸きやすい内容だったと思います。1日目夜の参加者交流会やつどい後の銀閣寺観光と、お楽しみ企画もたっぷり満喫し、楽しく勉強になるつどいになりました。

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10/16ランチ 森永ヒ素ミルクについてのミニ学習会に「森永ヒ素ミルクの被害者を守る会」から講師をお招きしました!メニュー:タイの煮つけ、肉じゃが、いんげんの胡麻和え、味噌汁

 

先週に引き続き岡山の公害を考える勉強会でした。当時の事件の経過を紐解きながら、被害者への具体的な補償の内容などを知ることができました!被害者の方々の補償問題などに携わり、様々な方面からのサポートをされていることと思います。こちらも普段はなかなか聞くことのできない珍しいお話だったと思います。

 

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本件の次は、倉敷市水島で起こった大気汚染被害についての学習を進めていく予定です!

 

 

 

 

10/8 森永ヒ素ミルク事件・松岡健一先生講演会[ディナーミーティング] 2014.10.08

サポートセンターでは今夏、水俣病にスポットを当てた勉強会や現地FWを通じて、公害問題についての考えを深めてきました。私たちの住む岡山県でも、類似した公害問題が起きています。今までの学びを地元に持ち帰り、考える。今回は森永ヒ素ミルク事件を題材に、当時問題解決に奔走した医師、松岡健一先生を招いて講演会を開催しました。

 

 

昭和30(1955)6月初旬、西日本一帯に乳幼児の原因不明の「奇病」が発生。同年824日、森永ドライミルクから検出されたヒ素が原因と特定した岡山大学がマスコミに公表し、事件が発覚します。年内に厚生省の組織した第三者委員会から補償金が提示されますが、死者25万円、生存者1万円という画一的で、微々たる金額でした。また翌年行われた「精密検査」ではほぼ全員が全快を言い渡されます。

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それから10年後、少数ながらも被害者家族によって結成されていた「森永ミルク中毒のこどもを守る会」によって企画された被害者健康診断が、民医連加盟事業所である水島協同病院で行われました。その臨床記録は、4年後大阪大学の丸山教授が行った「十四年目の訪問」において、ヒ素中毒後遺症が被害者を苦しめ続けている裏付け資料となり、事件は長い年月をかけて再び注目されることになりました。

 

各地で検診が行われる中、岡山県でも各分野の権威者や小児科医21名、また松岡先生を含めた民医連医師4名を加えた調査委員会が設置されました。しかし検診を行った後、厚生省への報告として委員会が用意したのは「(略)~一団の健康構造を示している」即ち、健康状態であるという文言でした。委員会内でそれに反対したのは民医連医師達のみでした。民医連医師たちは報告書類に違う見解の報告を添えさせたり、会議を公にさせたりする努力をしました。結果として、厚生省は岡山の委員会の報告については「同意しない」と返答。後遺症の存在を否定しませんでした。

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救済の歩みは、被害者や家族たちと森永は救済事業団「ひかり協会」を設立し、様々な被害者救済の方法が図られるまでになっています。その根底にあるのは、「自立を促し、様々な側面から個別的な補償をする」という被害者、企業、国の三者が合意した原則です。公害問題は、水俣病のように経済成長に付随して起こり得るもので、今回のヒ素ミルク問題も技術革新の中で安全性が軽視された結果起きた被害でした。類似する2つ目の公害の学習を通じて、考え方はよりくっきりと、具体的になったのではないかと思います。

 

10/16 ()のランチでは、「森永ヒ素ミルク中毒の被害者を守る会」の方にお越しいただき、事件に関するミニ講座を予定しています。こちらにもぜひお越しください。