2009年11月アーカイブ

「今回の大検診は運動のはじまりにすぎない。この結果をもって、きちんとした救済にむすびつける必要がある」と参加した先生は訴えました。

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 11月15日(日)、鹿田分室にて「水俣大検診報告会」を行いました。参加は学生4名。報告して下さったのは、倉敷医療生協コープくらしき診療所所長の中尾先生。

 

 「少ない休日を水俣病に費やすことができますか?」と話がはじまり、続けて、「人は使命感だけでは動けないですね。何か自分を動機づけるものや得られるものが必要です。」と話された。
 中尾先生が幼少期に聴いた、黒坂正文氏と矢口周美氏の「we can stand」という水俣病の歌。医師を志したのはその歌がきっかけだったそうで、シルバーウィーク真っただ中の9月21日~22日、医師としての原点であるこの取り組みには参加しなければと思い、水俣大検診に参加しました。

 

 ごく簡単に内容を振り返ると、
○水俣病が発生した地域の地理
  不知火海沿岸を通るオレンジ鉄道。水俣病が発生した地理的状況を知るには乗ったほうがよい。

 

○大検診がボランティアでなかったら
 大検診がボランティアでなく、事業として行われれば莫大なお金がかかっていた。倉敷医療生協の規定で算出して、人件費だけでも3~4000万円が必要。国の責任では?

 

○神経所見のとりかた(ビデオで診察方法鑑賞)
 痛覚針を使っての診察は、政府が言う「詐病」はありえないと実感させられる。神経症状が出ていない人にとっては拷問かもしれない。

 

○水俣病救済の問題点
 水俣病は公害指定地域の範囲が狭い。また申請を複雑化させている。これは水俣病に限らないが。また差別の問題が依然根強い。

 

○水俣大検診がもたらしたのもの
 今回の大検診は運動のはじまりにすぎない。この結果をもって、きちんとした救済にむすびつける必要がある。

 

【感想~水俣病を知っていますか?】
・6年生でなかったら行きたかった。
・水俣病は過去のものだと思っていた。4大公害裁判を教科書で習う程度なので。
・この事実を知っている人が少ないと思う。医学生でも数%だと思う。
・こんな現状があるのに、日本は残念な国ですね。


 検診に訪れた人の9割が水俣病と思われる所見がある。
 原爆症認定訴訟しかり、臭いものには蓋という考え方は反則技です。

 

 「本日のコースは民医連、自己紹介します!」

  とまるでフランス料理のようにはじまったのは11月8日(日)、くらしき診療所にて行われたOMS。川崎医大の医学生を対象とし、参加学生4人。

 

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 DVD「民医連の歴史と綱領」視聴で乾杯したのち、スープは17年目事務職員が「私が語る民医連紹介」。メインディッシュとして、参加者全員発言の質疑討論コーナー。それぞれから、民医連に対する感想や質問が出され、若い職員も自分がこれまでの活動で実感している民医連の良いところを語るなど、理解と共感が広がりました。

 

 学生から「民医連って、実は大きい組織だったのね」「北海道にはあるんですか?」「学生を一人の人間としてとらえて対等に話を聞いてくれるところと感じている」「患者主体の医療を考えており、私の考えと近い」「医療は誰のもの?の問いかけが心に残った」などの感想が出ました。

 

 その後も話はさらに広がり、デザートに、川大の近くにも岡大のような"たまり場"をつくって、川崎で学部学科を越えた交流をすすめたいという希望が出されました。小さくても良いので何かイベントをしたいね~となりました。

 

 それぞれの心に、それぞれの民医連。今後もいろんな角度からアプローチして、自分の舌で味わって本質を確かめてもらいたいものだ、と思う、この日の筆頭シェフ・亀山でした。


 

 ハンセン病市民学会とは、ハンセン病に対する偏見や差別を解消するため、ハンセン病問題の歴史の教訓をこれからの社会のあり方へ引きつぐことをめざして設立されたものです。来年、2010年5月8日~9日、岡山での市民学会当日には、1000人もの人が全国各地より集まります。FWは長島愛生園、邑久光明園(岡山県)、大島青松園(香川県)を予定しています。


 その実行委員会が11月7日、香川県の大島青松園にて行われました。

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 まず青松園自治会長の森さんより、ご自信の経験の話をしていただきました。
・9歳のときに姉と一緒に大島へ。当時の教育は寺子屋のようなもので入所者が教えていた。
・15歳になり長島愛生園の新良田教室へ行けることになった。隔離が厳しく、閉塞感を感じていたが、教育を受けることがうれしかった。
・その後大阪の大学へ進学し卒業。会社勤めをするも、ハンセン病を隠していくしかないこと、また体の不調があっても診てもらえる病院がないため1年半ほどで大島へ帰ってきた。
・仕事や、社会へでることの難しさを痛感した。
 などを話し、ひどい差別や偏見があったことを感じずにはいられませんでした。

 

 その後昼食をはさみ、市民学会の運営について議論しました。知らない人にも知ってもらい、正しい知識をもってほしいという思いが伝わってきた実行委員会でした。

DSC00219.JPG 大島青松園の納骨堂

 

 「楽しくなければつどいではない。みんなに気を遣ってもらって、頼りない実行委員長だったけど、だからこそ一番楽しんだのは私だと思う。みんなとできたつどいだからこそ、楽しかった」と実行委員長。

 

 そう最後に話したのは、10月24日~25日に行われた、第30回民医連の医療と研修を考える医学生のつどい、総括会議(第6回実行委員会)での場。医学生のつどいとは、毎年8月のお盆明けに2泊3日で医学生約200人(医師や看護師など含めて400人規模)が学び、交流する企画です。その総括会議が東京で行われ、参加は96名。

 

 総括会議とは言っても1日目は学習です。谷川智行医師(中野共立病院)から「貧困をなくし、命とくらしを守るために」という題での講演がありました。

 

      DSC00113.JPGのサムネール画像講演内容は、
・路上生活者にとって、医療を受けることへのハードルがとても高くなっている。受診の選択肢がない。年越し派遣村、春の相談会、医学生との相談会などを経て、一人として自分から来た人はいなかった。
・雇用破壊が生活・医療・いのちの破壊に直結している。
・個人として「命をまもりたい」という思いがあり、集団としても「命をまもりたい」という思いがあるのが民医連
・人間を大切にしない社会では、命を守ることができない。
・医師の仕事は「命や健康を脅かすものすべて」とたたかうこと、と笑顔で答えられる医師でありたい
と語り、改めて貧困を学び、その後の班討論でこれからの行動を考えました。

 

 2日目に30つどいを振り返り、次へつなげるための議論をしました。「水俣病や原爆症などの問題を昔のことではなく、今の問題として捉えていきたい」「医師になる前に、様々な制度のことも知っていきたい」「同期・一緒にやる仲間の大切さがわかってきた」など、活発な交流となりました。

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